第4章 福井県〜兵庫県


■8月6日 13日目 曇りのち晴れ 富山〜東尋坊(福井)
 明け方になり、自然に目が覚めた。マウンテンバイクの彼によれば、その後おじさんを交番に連れて行ったようだ。自分がどうすればよかったのかわからないまま、曇り空の下、朝の富山駅を出発した。

いよいよ関西へ

 見渡す限りの青田が続く砺波(となみ)を過ぎ、ほどなく金沢へ着いた。この日は昼前から非常に暑くなり、途中でTシャツを脱いで上半身裸で漕いでいたのだが、兼六園近くの大通りの信号で停まったときに、横断歩道を渡る女子高生の軍団にくすくす笑われたのは恥ずかしかった。

 加賀市で国道8号線と別れ、海沿いの国道305号線に入る。舗装部分が周囲の地盤より少し高くなっているタイプの道路で、路肩を走っていると土手の下に落ちそうになり、怖い。そのうち、北潟湖のほとりを通る。湿地帯なのか、羽虫が顔に当たる。また、目の前にブタを満載したトラックが走っており、くさくて堪らない。一度セブンイレブンで休憩してやり過ごしたが、走り出したら、どこに停まっていたのか、また目の前を走っている。諦めて走っていると、鼻が慣れた。
 三国町へ入り、九頭竜川に沿って河口方面へ走る。今日の宿は、名勝・東尋坊のすぐ近くにあるYHである。実は、富山駅でS君に同宿を誘ってあった。いつ頃着くだろうか。
 早速東尋坊へ出かける。なるほど自殺の名所と言われるだけあって断崖絶壁である。風が強かったし、一人でいても所在ないので、宿へ戻る。するとS君から電話がかかってきて、金沢近くで自転車が壊れたので、宿泊をキャンセルすると言う。やむなくキャンセル料をYHに支払った。S君は山陰を通り、僕は山陽道に向かう予定なので、もう再会することはないだろう。

 YHは、古い木造の学校寮のような造り。板張りの廊下から障子張りの広い畳部屋へ入り、みなで雑魚寝である。風が吹きぬけ、心地よかった。

 今日の走行距離は、144.8km。稚内からの合計で1,555.4km。ゴールまで計3,000kmとして、半分来たことになる。

■ 8月7日 14日目 晴れ 東尋坊〜京都
 YHにはニ槽式の古い洗濯機があって、久々に洗濯をした。きれいなTシャツに着替えたので気持ちがよい。海沿いの集落によくある、曲がりくねった細い坂道を駆け下り、緑の水面が映える九頭竜川を少々遡って、国道305号線に戻る。快晴で、陽光がことのほかまぶしい。

 道は海沿いを縫って走る。右側に見える海は、どこも岩場で、透明度が高く、磯釣りをしたら楽しそうだ。

 そのうち、自転車の前部に結わえ付けてある寝袋にタマムシが止まった。美しさにしばし見とれる。
 越前岬が見えてきた。駐車場に観光客のものらしい車がたくさん停まっている。

 越前といえば越前ガニ。そういえば、あちこちにドライブインがあって、そこでは「カニめし」の看板がデカデカと出ている。うまそうだが、昼ごはんにはちょっと早い。それに節約の旅だ。うーん、残念。


越前岬(と記憶)
 「河野海岸道路」という有料道路に行き当たる。地図を見ると、普通の国道はちょっと山側へ入り、しかも坂がありそうだ。自転車の通行料金は大したものではないので、有料道路を進むことにする。

 有料道路区間が終わると、国道8号線と合流する。海を見ると、いつしか対岸が迫ってきている。敦賀湾の奥へ向かっているのだ。対岸の岬近くに原子力発電所が見える。敦賀原発である。

 昼頃、敦賀駅に着く。カニめしを食べ損なったお腹はうるさく、駅前の売店で鯛鮨を購入。近くのベンチで座ってモリモリ食べた。
 さて、ここから国道は、西近江路となり、琵琶湖へ向けて峠を登っていく。暑いこともあってしんどい。10kmくらいの登坂を漕ぎあがると、なんとスキー場があるではないか。ここは滋賀県との県境であり、その名も「国境スキー場」。海からこんなに近く、また、かなり南へ来ていることから、スキー場があることに驚いたが、日本海側だからなあと妙に納得もしたりした。ここからは10km近く下り坂である。琵琶湖へ向かって駆け下りる。

 ところが、この近辺に来たら、通る車からクラクションを鳴らされることが増えだした。国境峠から楽しく下っている間にも、道路の左端を走っていたにもかかわらず、後ろからかなり激しくクラクションを鳴らされて、むっときた。土地によってマナーというか習慣が違うのだろうか。

 琵琶湖岸に沿った国道を行く。路肩が狭く、クラクションを頻繁に鳴らされるのでストレスが溜まる。

 夕刻になり、大津へ着いた。今日は京都で寝るつもりだったが、イメージとして、大津と京都はすぐ隣と思っており、京都で銭湯を見つけられるかどうかわからなかったので、大津でお風呂に入ってしまった。大きな銭湯で、賑やかだった。

 風呂から出ると京都に向かって長い長い坂を登る。いつの間にか、国道は「1号線」と表示が出ている。東海道だ。なかなかの感慨である。坂はあまりに長く、せっかく風呂に入ったのに、もう汗だくである。

 峠を越えると下り坂であるが、これがまた長いのでびっくりした。行けども行けども京都は見えず、スピードは50km近く出て、目が痛くなった。

 ようやく平地に降りると、山科区と表示がある。地図を見ると、京都駅まではまだまだあるではないか。今回の旅で初めて昔来たことのある土地に着いたのだが、そのせいかろくに地図も見ておらず、勘違いしたのだ。

 京都に入るには、もう一つ峠を越える必要がある。

 夜7時半頃に東本願寺の脇を通過し、京都駅へ到着する。さすがに大きな駅であり、深夜になっても人の流れがなくならない。田舎の駅ならいざしらず、ここまで日常的な空間で寝袋を拡げて寝る勇気もない。しかたがないので、ベンチに座って行き交う人々を眺めたり、当てもなく構内をさまよったりしていた。

 そのうち、夜の12時近くになって、同じような旅行者を見かける。お互い渡りに船とばかり自然に打ちとけあって、一緒に寝袋を並べて寝ることにした。

 今日の走行距離は、190.9km。新記録達成である。

■ 8月8日 15日目 晴れ 京都〜室津(兵庫)

 結局、4時間くらいしか眠れず、疲れのとれない体で出発。写真は京都駅前でセルフタイマーで撮ったものだが、駅の雰囲気はあれから随分変わったものだ。
 京都駅の南側へ出て、高槻、茨木方面へ太い国道をひた走る。トラックやトレーラーが多く、通過すると地面が揺れて怖い。箕面を過ぎると、正面に旅客機の姿が頻繁に見えるようになる。伊丹空港が近づいてきたのだ。地図を見ると、滑走路の北端を掠めるように国道が通っている。迫力のある姿が見られそうだと楽しみに行くと、案の定、デカいジャンボなどが頭上を離陸していって、見ごたえがある。しばらく休んで飛行機を見ていった。
 昼を過ぎると、暑さは尋常ではなくなった。武庫川の橋を渡る頃には、意識は朦朧とし、また、排気ガスと汗で顔はベタベタ。あたかも通り過ぎる車の半分はクラクションを鳴らしていくかのように思えるほど鳴らされた。「きっ」と運転席を睨み付ける。感情をコントロールできない。
 西宮の近くで海沿いの国道43号線に到達する。頭上を高速道路が通っていて、日光が遮られるのが好都合である。芦屋に入ると、「お嬢様はどこ?」とキョロキョロしてしまった(笑)。
 海水浴場で有名な須磨の浦あたりで高速道路と別れ、再び炎天下の下を走る。道路から砂浜がよく見えるが、みな楽しそうに海水浴をしている。

 明石に着いた。タコで有名な土地なので、タコのオブジェやら看板やらがあって楽しい。しかし、国道2号線から逸れた国道250号線は狭く、車が多くて非常に辛い。また、工業地帯なので空気も悪い。暑いこともあって、これまでで一番堪えた。

 姫路市に入る。市内に入ってお城でも見てみたかったが、心の余裕がなく、今日の宿がある海沿いの室津へ直行することにした。新日鉄などの大きな工場がたくさんあって、ダンプやらトレーラーがたくさん通る。こちらもフラフラしているので危ない。頑張れ、頑張れと呟きながら走った。

 揖保川を越えると、とたんに自然が豊かになり、道は海岸沿いにアップダウンを繰り返して、そしてついに室津へ着いた。海辺の小集落である。高台に「浄運寺」というお寺があって、そこがYHになっている。宿泊者はほかに見当たらず、ひとり広い部屋に大の字になってくつろいだ。扇風機の風がこれほど心地よかったことはない。久しぶりにTVを見た。

 今日の走行距離は、154.1km。暑い中、よく頑張ったと思う。

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第1章 北海道
第2章 青森県〜山形県
第3章 新潟県〜富山県